旧暦の風習 ~打小人~
巫女と都会の異空間
世の中には、心に恨みを持つ人がこんなにも多いのでしょうか。毎年、啓蟄になると、そう感じさせられます。むせかえるような線香の煙、ろうそくの炎。香港、湾仔とコーズウェイベイの境に位置する堅拿道、鵝頚橋の周囲はこの日、異様な空気に包まれます。
ここでの主役は「拝神婆」と呼ばれる巫女たち。道路脇には、中年の拝神婆が「打小人」の道具を並べて客引きをしています。でも、彼女たちは恐らく新参者でしよう。少し先の高架下の一角、薄暗く呪いに最適な場所には、すでに年季の入った拝神婆たちがそれぞれの場所に鎮座しているからです。
ここの拝神婆に客引きは必要ないようです。どの拝神婆も次々と依頼を受け、呪いの儀式に忙しいからです。ろうそくの明かりが揺れる中、手に持った古い靴で一心不乱に紙切れをたたき、火にくべます。紙切れは「打小紙」という呪いの紙。誰を呪うのでしょうか、その様子を真剣な顔で見つめる人たち。依頼人は女性が圧倒的に多いと聞ます。ただ、周囲には野次馬もいて、誰が依頼人なのかちょっと見ただけでは分かりません。
線香の煙で辺りは白っぽく、靴を激しく打ち鳴らす音と横を走る車のエンジン音に耳がふさがれて、少し居ただけで頭がボーッとしてきます。高架の外には、いつもと変わらぬ夕暮れ時の香港の街があるのに、ここだけはまるで異空間のよう。
呪いの対象は主に夫の愛人や、会社の上司など。儀式は相手の写真があるとなお効果的だそうです。でも、人を呪うにしてはかなりオープン。仮に儀式を知り合いに見られも、この日だけは免罪なのかもしれません。
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